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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1283号 判決

控訴人

牧野銀蔵

外二名

右三名訴訟代理人

宇津泰親

池田輝孝

被控訴人

小川漁業協同組合

右代表者

橋ケ谷金次

右訴訟代理人

天野保雄

主文

原判決中控訴人らに関する部分を取消す。

被控訴人の控訴人らに対する請求を棄却する。

訴訟費用中当審において生じた部分及び原審において控訴人らと被控訴人との間に生じた部分は被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

〈前略〉

三控訴人らの免責の主張について

1  被控訴人が訴外小林了に対し、控訴人ら主張のとおり担保の設定を得て(一)船舶建造資金、(二)経営安定化資金、(三)継続的漁協取引契約による運転資金、救命具購入代金、仕込代金(以下本件貸金(一)、(二)、(三)という。)を貸付けたこと(但し、第二一福徳丸及び第二二福徳丸の漁権がその担保であることについては争いがある。)、本件貸金の昭和四四年五月三〇日現在の残債権額が控訴人ら主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第五号証の一と原審における証人牧野達夫、同萩原朗、同小川秀男の各証言によれば、本件約束手形は昭和四三年一二月五日被控訴人が本件貸金(三)の運転資金として手形貸付により貸付けた金五〇〇万円の書換手形であることが認められ、以上の事実によれば、控訴人らは本件約束手形金の弁済をなすにつき正当な利益を有するものであることが認められる。

2 被控訴人は、指定漁業の許可(以下漁権という。)は担保となりえないものであつて、第二一福徳丸及び第二二福徳丸の漁権は本件貸金債権の担保ではなかつたと主張するのでこの点について検討する。

漁業法によれば、漁業に関する権利として漁業権が認められており(同法六条)、都道府県知事の免許により設定され(同法一〇条)、物権とみなし、土地に関する規定が準用され(同法二三条)、漁業権を目的とする抵当権の設定は都道府県知事の認可を受けなければその効力を生じない(同法二四条)、相続又は法人の合併による場合を除き移転の目的となることはできない(同法二六条)ことと定められている。

また、漁業法は水産資源の繁殖保護又は漁業調整その他公益上の理由から漁業許可制度を採用しており、船舶により行なう漁業であつて政令で指定されるものすなわちいわゆる指定漁業については、船舶ごとに許可を受けなければこれを営むことができない旨を定めている(同法五二条一項)。本件遠洋かつお・まぐろ漁業も昭和三八年政令第六号により右指定漁業の一とされているものであるが、この許可については漁業権に関する前記のような規定はおかれていない。そして、指定漁業の許可を受けようとする者が現に船舶の使用権を有している場合には直ちに許可の申請をすることができ、使用権を有していない場合には使用権を取得する前に予め起業の認可を受けることができる旨定めているが(同法五四条)、許可の方式は公示に基づく許可又は起業の認可(以下単に許可等という。)を原則とし(同法五八条の二)、有効期間を五箇年とするいわゆる一斉更新制(同法六〇条)と実績者の優先制(同法五八条の二第三項)が採られているために、新規に許可等を受けることは困難とされている一方、許可の有効期間内においても、特例として定められた代船許可(同法五九条―廃止代船、沈没代船)、承継許可(同法五九条の二)として許可等をなし、また、相続又は法人の合併による場合には当然に許可等を受けた者の地位が承継される旨定めている(同法六二条)。

このような指定漁業の許可は、行政法学上にいう「一般禁止の特定解除」であつて、指定漁業の許可を受けて特定の漁業を営むことができる地位は実定法上の権利ではないが、漁業権と異なり、実定法上私人間の譲渡や担保の設定等についてなんら法的規制が設けられていないものであり、また、許可制度により許可の総枠が限定され、一斉更新制、実績優先制が採られていることと許可漁業に超過利潤が期待できることから、代船許可制度を利して右地位は事実上一種の財産権として取扱われ、漁業者間に漁権として売買、譲渡され、漁業金融における実質的な担保とされていることは首肯しうるところであり、このことは、〈証拠〉によつても認められるところであるから、漁権は担保となりえないとの被控訴人の主張はこれを認めることができない。

次に、第二一福徳丸及び第二二福徳丸(但し漁権を除く)が訴外小林了ら所有の各不動産とともに本件各貸金の共同担保(第二二福徳丸は(二)、(三)について)として抵当権又は根抵当権の設定登記を経由していることは被控訴人が明らかに争わないから自白したものとみなし、〈証拠〉によれば、本件貸金(三)についての根抵当権設定契約にあたり、債務者は被控訴人の書面による承諾なしに抵当物件に受けている漁業許可の放棄、貸与、譲渡をしないこと及び被控訴人は債務の弁済に代えて根抵当物件及び漁業許可を取得できることを約していることが認められ、また、成立に争いのない乙第一一、第一二、第一五号証によれば、被控訴人が訴外静岡県信用漁業協同組合連合会からの借入金債務の担保として本件貸金(二)の抵当権付債権に質権を設定した際、被控訴人は同連合会に右債務の担保として漁権を差入れたことが認められるから、以上の各事実と当審における証人小川秀男の証言中「被控訴人が貸付の担保として漁権をとつた。」との供述によれば、被控訴人が本件各貸金債権について右両船舶をその担保とするにあたり、これとともに漁権もその担保としたことが明らかである。〈証拠判断略〉

3  昭和四二年六月八日訴外小林了が訴外山本正平に対し第二二福徳丸の船舶及び漁権を一括して金九、三五〇万円で任意売却したこと、昭和四四年七月頃、訴外増田哲男外一名に対し第二一福徳丸の船舶及び漁権が一括して任意売却されたこと(但し、売主及び売買代金については争いがある。)、第二一福徳丸の船舶売買代金のうち金一、〇五〇万円が本件貸金(一)の残債権の弁済に、同漁権売買代金のうち金二、六〇〇万円が同(三)の残債権の弁済に、それぞれ充当されたことは当事者間に争いがない。

右事実と前記1、2において認定した事実とによれば、被控訴人は、訴外小林了に対する本件貸金債権の優先弁済を受けるために、抵当権実行の手段を選択せず、担保を解除してこれを債務者小林又は同人が代表取締役である訴外和田屋漁業株式会社名義で任意処分させる手段を選択したものというべきである。従つて、被控訴人は、債権者及び抵当権者として手形保証人である控訴人らとの関係においては、担保の任意処分による売得金から本件貸金を含む被担保債権のすべてについて優先順位に応じて各債権額に達するまで弁済を受けることによりその担保を保存すべき義務を負わなければならない。

かりに、漁権を有する船舶について抵当権を実行した場合は任意処分した場合に比して売買価格が低下するとしても、被担保債権の優先弁済を受ける手段として任意処分を選択した債権者が右任意処分による売得金から被担保債権について優先順位に応じて各債権額に達するまで弁済を受けることを怠つたときは、法定代位者につき予め担保保存義務の免除の特約をする等特段の事情のない限り、担保保存義務違背の責を免れることはできない。けだし、任意処分による売得金は担保物件の有する交換価値の具現であるからである。右特段の事情について、なんら主張、立証のない本件において、被控訴人が売買価格の低下を考慮して任意処分の方法をとつたといつて、右担保保存義務を免れることはできない。

なお、〈証拠〉によれば、第二一福徳丸の漁権について、昭和四四年五月二六日、訴外和田屋漁業株式会社と被控訴人理事植村功の共同名義に変更されたこと、第二二福徳丸の船舶及び漁権の売主は訴外小林了であり、第二一福徳丸の船舶及び漁権の売主は右訴外会社名義であることが認められるが、〈証拠判断略〉第二一、第二二福徳丸の漁権は当初訴外小林了名義であつたが、昭和四二年九月一日、指定漁業(遠洋かつお・まぐろ漁業)の許可の一斉更新にあたり経営合理化を図るために法人化し訴外会社名義に変更された事実と、前記2において認定した右両船の船舶及び漁権が右名義変更のなされる以前から訴外小林了により被控訴人に対する本件各貸金債務の担保として差入れられていた事実と、〈証拠〉により認められる右両船の船舶の所有者がいずれも訴外小林了であつた事実に照らし、被控訴人の担保保存義務を否定する事由とはならない。

4 そこで、進んで被控訴人が本件貸金債権の担保を喪失したか否かについて検討する。

前掲の当事者間に争いのない事実と〈証拠〉によれば、被控訴人が第二二福徳丸の船舶及び漁権についての担保を解除して訴外小林了にこれを任意処分させたこと、右任意処分による売得金が金九、三五〇万円であること、右処分当時同船につき設定された抵当権の第一順位は訴外農林漁業金融公庫の貸付金、第二順位は被控訴人の本件貸金(二)、第三順位は同本件貸金(三)、第四順位は訴外株式会社金指造船所の船舶建造、修理請負代金の各債権に対するものであることが認められ、また、右処分当時の右訴外公庫の貸付金が元利合計金三、九四七万二、五二七円、被控訴人の本件貸金(二)の元金が金四、二〇〇万円、利息が金一九三万三、〇一一円であること、被控訴人が右売得金のうちから本件貸金(二)の元金内金七二〇万円及び元金四、二〇〇万円に対する利息金一九三万三、〇一一円合計九一三万三、〇一一円の弁済を受けたに止まることは当事者間に争いがない。以上の事実によれば、右売得金は、まず、第一順位の右訴外公庫の被担保債権元利金三、九四七万二、五二七円に、次に、第二順位の被担保債権である本件貸金(二)の元利金四、三九三万三、〇一一円の弁済に充当され、右合計金八、三四〇万五、五三八円を差引いた残額金一、〇〇九万四、四六二円は第三順位の被担保債権である本件貸金(三)の弁済に充当されるべきであるから、被控訴人は右売得金のうちから本件貸金(二)について弁済を受けた金九一三万三、〇一一円を除く金三、四八〇万円(昭和四四年五月三〇日現在における残債権額)及び本件貸金(三)についての前記金一、〇〇九万四、四六二円の弁済を受けることを怠つたものというべきである。

次に、前掲の当事者間に争いのない事実と〈証拠〉によれば、被控訴人が第二一福徳丸の船舶及び漁権についての担保を解除して訴外小林了にこれを任意処分させたこと、右売買代金は当初船舶代金一、九五〇万円、漁権代金五、二〇〇万円として契約されたこと、右処分当時同船につき設定された抵当権等の第一順位は被控訴人の本件貸金(一)、第二順位は訴外焼津信用金庫の貸付金、第三順位は被控訴人の本件貸金(二)、第四順位は同本件貸金(三)の各債権に対するものであることが認められ、右売得金のうちから、被控訴人が本件貸金(一)の残債権金三、三〇〇万円の内金一、〇五〇万円と、本件貸金(二)の残債権金三、九八三万〇七五二円の内金二、六〇〇万円との弁済を受けたに止まること、及び第二順位の右訴外金庫の担保解除のため金二〇〇万円が同金庫に支払われたことは当事者間に争いがない。

被控訴人は、昭和四五年二月一〇日、右船舶にかくれた瑕疵のあることが発見されたのでその修理費用金七〇〇万円を右船舶代金から減額したと主張するが、〈証拠〉によれば、第二一福徳丸は昭和四四年七月一一日に買主に引渡されたこと、船舶業界においては売主の瑕疵担保責任は船舶の引渡をもつて消滅するとの商慣習のあること、右売買契約において瑕疵担保責任に関する特約を定めた規定のないことが認められ、右事実によれば、被控訴人の主張する右代金の減額は正に本件貸金の担保を喪失又は減少したものといわなければならない。

また、被控訴人は、第二一福徳丸の漁権代金五、二〇〇万円のうち金二、六〇〇万円は、右漁権が訴外和田屋漁業株式会社と被控訴人理事植村功個人の共同名義であつたため、右訴外会社の代表者に右漁権の価格の二分の一に相当する分としてこれを同人に取得させることにより任意処分をすることができたのであるから、被控訴人の被担保債権の弁済充当分からこれを除くのはやむを得なかつた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠もないのみならず、前記認定のとおり、右漁権は当初小林了名義であつたものを一斉更新に際し右訴外会社名義に変更し、更に昭和四四年五月二六日前記両者の共同名義に変更したもので、本件貸金の担保であつたことには変りはないから、被控訴人の右主張は採用できない。

5 以上認定した事実によれば、被控訴人は、本件手形金債務の担保である第二一福徳丸及び第二二福徳丸の船舶及び漁権を担保から解除し、債務者小林了にこれを任意処分させながら、右第二二福徳丸の売得金のうちから本件貸金(二)について金三、四八〇万円、同(三)について金一、〇〇九万四、四六二円の弁済を、右第二一福徳丸の売得金のうちから同(一)について金一、二五〇万円、同(三)につい金二、六〇〇万円の弁済を受けることを怠つたほか、第二一福徳丸の船舶売買代金について理由なく金七〇〇万円の減額をなしてこれら担保を喪失し、これにより、控訴人らをして本件約束手形債務と同額の償還を受けることを不能としたことが認められるから、控訴人らは右の限度において本件手形保証債務を免責されたものであることは明らかである。

よつて、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求は理由がなくこれを棄却すべきであり、これと趣旨を異にする原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条に従い原判決を取消すこととし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(吉岡進 前田亦夫 手代木進)

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